お茶づけの歴史


平安時代の文献にしばしば登場する「水飯」や「湯漬け」は、ご飯に水やお湯をかけた、手軽な食事のことで、お茶づけのルーツであるといわれています。
ちなみに、当時、米は甑(こしき)という調理器具で蒸しあげた「強飯(こわいい)」が主流でした。硬くて粘り気のないものだったそうです。
(一方、現在のように釜や鍋で炊いた米は「姫飯(ひめいい)」といいました。)
『今昔物語集』には、三条中納言という人物が、肥満解消のために医師の勧めに従って「冬は湯漬け、夏は水漬け(=水飯)」を食べるという話が残されています。しかし、彼は干し瓜や鮨鮎をおかずに大盛りの水飯を何杯も食べるありさまで、結局ダイエットには失敗してしまうのですが、当時「お茶づけ(ならぬ湯漬け)でダイエット」の発想があったことには驚きです。


















